ピーターノーマンのプロフィール、人種差別と闘ったメキシコオリンピックでの勇気

東京オリンピックに向けて、続々と和解アスリートたちが登場していますね。なんでも、高校球児の中からも他の資質を見出せる子に関しては、野球以外のスポーツで活用できないか?なんていう取り組みもあるのだとか。

2020年に向けて、東京、日本一丸となってスポーツの祭典オリンピックでも、日本はスポーツでも輝けるんだというところも見せつけられるといいですよね!

科学技術や和食、学術、芸能、アニメ漫画といったサブカルチャー、今現在でも世界に誇れる日本はありますが、スポーツも2020年東京オリンピックでより世界に対して誇れるものとなってほしいものです。

さて、オリンピックといえば、皆さま、ピーターノーマンってご存知でしょうか?

スポンサーリンク

ピーターノーマンとは?ピーターノーマンのプロフィール

ピーターノーマンはオーストラリアの元オリンピック選手です。彼は、メキシコオリンピックで、銀メダルを獲得しました。そのときに表彰台の1位と3位には、黒人の選手がいました。

そのとき、3人の胸にはこんなバッジが

このバッジは、人権問題に苦しむ人の無言の訴えの象徴なのです。

オリンピックでは、政治、宗教、人種差別的な言動、サインは行ってはいけない規約があります。さらに、特定の国への批判のようにとれるような言動もしてはいけません。

このバッジをつけてることで規約違反ととられ、ピーターノーマンを含む表彰台の3名はオリンピックの歴史から抹消されることになってしまいました・・・

でも、なぜピーターノーマンもバッジをつけていたのか?彼は白人選手でした。

しかし、1位と2位の黒人選手と話しているときに彼らの意志に共鳴し

そのバッジ、僕の分もあるかい?

と彼は自ら人権問題と闘う道を選んだのです。

さて、時代は流れ人種差別撤廃の動きがみられたころに、やっとピーターノーマンを含む3人の行動が勇気ある行動として認められました。

正義を貫いた勇気あるアスリート、ピーターノーマン!

当時、人種差別に対して異議を唱えることなど今より断然、困難なことでした。そんな時代の中で、間違っている!と人種差別は悪であると訴えたピーターノーマン。自信の栄光を捨てでまで人種差別に抗議した彼の行動は間違いなく語り継がれるべきものでしょう。

ピーターノーマンの功績をまとめた映画salute

ピーターノーマンの功績をまとめた映像作品でsaluteというものがあります。ぜひ、TSUTAYAやGOEで借りてみてみたいものです。

ピーターノーマンの簡単なプロフィール

ピーター・ノーマン(Peter Norman, 1942年6月15日 – 2006年10月3日)は、オーストラリアの元短距離陸上競技選手。1968年メキシコオリンピック(夏季)の男子200mの銀メダリスト。
なお、1968年メキシコオリンピック(夏季)の男子200mの金メダリストと銅メダリストは、アメリカのトミー・スミスとジョン・カーロスであった。アフリカ系アメリカ人であるスミスとカーロスの両選手は、メダル授与が行われる表彰台の壇上、星条旗が掲揚されている間に黒人公民権運動の象徴であるブラックパワー・サリュート(黒い拳を高く掲げる敬礼、blackpower salute)を行ったことでも知られている。
彼は白人ながらも二人の行動を支持し、同じ表彰台で「人権を求めるオリンピック・プロジェクト」(Olympic Project for Human Rights 略称:OPHR)のバッジを着けた。

中略

2006年10月3日に死去。葬儀にはスミスとカーロスが参列し、棺側付添人を務めた。オーストラリアオリンピック委員会(AOC)がノーマンのオリンピック代表選考において不当な扱いを行った事を公式に謝罪するまで、死後6年を待たなければならなかった。

出典:Wikipedia

ピーターノーマンの勇気とともに、間違ったこと、誤った行為、他人に無礼を働いたときに迅速に謝罪する勇気についても考えたいものです。

関連情報一覧
おすすめサイト: ニキビの直し方

Related Posts

スポンサーリンク